助成者インタビュー

Interview
  1. TOP
  2. 助成事業
  3. 助成者インタビュー
  4. 浅野陽香さん

アルペンスキー

浅野陽香(あさの はるか)さん

2009年生まれ 東京都出身

障がい者スポーツ支援

インタビュー:2024/12/18

asano_01

インタビュー第5弾は、アルペンスキーで世界の檜舞台を目指す浅野陽香さんです。
スキー一家に育ち、4歳の時に雪上へ。小学4年生からアルペンスキーを本格的に始めると、すぐに頭角を現し、知的障害者大会における表彰台の常連に。
浅野さんは2歳3ヵ月の時、知的障害を持つ自閉症スペクトラムの診断を受け、小学校はインクルーシブ教育を推進する学校に入学。体力をつけるとともに自立心を学び、12歳で日本障害者スキー連盟の次世代育成強化選手に選出されます。
現在は中学に通いながら(4月から高校生)、週末は家族と共に片道3時間かけてスキー場に通う日々。「夢はパラリンピック」と語る浅野さんに、アルペンスキーの面白さや夢をかなえるために取り組んでいることを語ってもらいました。
インタビュー:2024年12月18日

スキーとの出会いは4歳の時

小学生のころから、スイミング、習字、ピアノなどいろいろな習い事をしています。どれも好きですが、一番好きで熱中しているのがスキーです。今はアルペンスキーでいろいろな国内大会に出場しています。得意な種目は大回転です。回転種目も滑りますが、大回転は気持ちよく滑ることができて楽しいです。

初めてスキー板を履いたのは4歳の時です。場所は北海道のキロロスキー場。滑ってみるまでは不安で、ちょっとこわい気持ちもありました。でも、スクールに参加し、ゲレンデバスに乗ったり、みんなで食事をしたり……あまり詳しく覚えてはいませんが、両親からは楽しそうに参加していたと聞いています。翌年もキロロスキー場のキャンプに連れていってもらい、スキーをすることが毎年恒例になっていきました。

6歳上の兄もアルペンスキーをしていました。私が小学校4年生の時、兄が長野県・菅平高原スキー場にあるスクールに行くことになり、せっかくなので私もプライベートレッスンに参加することになりました。そこでポール(旗門)を通過することができたので、思い切ってアルペンスキーの知的障害者の大会にエントリーしました。初めてレースで急斜面のコースを滑り切ったとき、「すごく楽しい!」って思いました。それに、自分の中で『みんなに勝つぞ』という気持ちがあったので、順位がよかったこともうれしかったです。この大会がきっかけで、障害に理解があるコーチにも出会え、本格的にアルペンスキーを始めることになりました。

 

12歳で育成強化指定選手入り

小学校でアイススケートやインラインスケート、そして一輪車などに取り組んでいたこともあり、体幹が鍛えられていたみたいです。そのおかげで、難しいコースを滑っても転ぶことなくゴールができたのかと思います。両親も、コーチも、初めてのレースでこんなに滑れるなんて、と驚いていました。
兄と一緒のレーシングチームでトレーニングをするようになりましたが、同じチームにいた同世代の選手たちの滑りにびっくりしました。みんなのように上手くなりたいと、毎週末スキー場に通うようになりました。練習に行くのが楽しみでした。

その後、日本障害者スキー連盟の次世代育成強化選手に選出されました。12歳での選出は最年少。これまで私は大きなケガをしたことはありませんが、長く競技を続けるために、ケガの予防にも努めていてケアはもちろんのこと、普段のトレーニングでピラティスなども取り入れています。
体力には自信があって長距離走も得意です。長く走ることは好きですが、階段を昇り降りするトレーニングは少し苦手です。でも、体力をつけたいのでがんばっています。

助成金を受けた2024年の活動に関して

ゴールドウイン西田東作スポーツ振興記念財団の助成を活用し、2024年の春から月1~2回、スキー専門のパーソナルトレーナーに見てもらっています。ゆっくりわかりやすく説明してもらったり、見本を見せてもらえると理解が出来るので、ケガをしないための体の使い方や、体幹トレーニングを教えてもらっています。もっとうまく滑れるようになるといいなと思います。

競技を続けるモチベーションのひとつは、家族やコーチが私の成長を喜んでくれること。プライベートで教わっている鹿沢レーシングのコーチ達に「上手くなったな」とほめられることが嬉しいです。大会の時にはゴールのところで待つ母はいつも泣きながら迎えてくれて、「かっこよかったね」と言ってくれます。

高校時代にアルペンスキーをしていた父もトレーニングや大会に同行し、インスペクションやレース(*)でサポートしてくれます(*注:ポールが倒れているなど不利な状況の場合は、本人が審判に申告して再走を要求するが、言語発達に障がいがあるため、一部の大会では付添者が代わりに申告する配慮を受けている)。

応援してくれるのは、学校の先生やクラスメートも同じです。大会や強化合宿に参加するときは公欠をもらっているのですが、WEBの連絡ツールで先生から「みんな応援してるよ」というメッセージが届くこともあります。表彰台に上がった大会の後に全校朝会で校長先生から「おめでとう」って言ってもらえるのもすごく嬉しいことです。

自分は目立ちたがり屋なのかな。注目してもらえるとやる気がアップするような気がします。鹿沢レーシングチームでは、練習や大会の動画が配信されるので、それをあとから自分で見返すのも楽しいひとときです。

世界大会のメダルが目標

今の目標は、世界大会に出ることです。世界大会で金メダルを獲りたい気持ちもあります。将来的には、パラリンピック(注:近年の冬季パラリンピックでは知的障がいクラスの実施はないが、夏季パラリンピックでは実施されている)に出たいので、その目標に向かって今、頑張っています。

 

いつも学校の送り迎えをしてくれたり、競技資金のサポートをしてくれたり、応援してくれている祖父に世界で活躍する姿を見てもらいたいです。祖父には、「パラリンピックで金メダルを獲って、テレビでインタビューされたら見てね」とよく言っています。パラリンピックに出場した車いすや立位の日本代表選手の動画をいつも見ています。競技だけではなく、テレビに映る選手のインタビューも見ていてイメージを膨らませています。

 

早く海外の大会に出場し、金メダルを獲りたいです。そのために、これからもトレーニングを精一杯頑張りたいと思います。

asano_08

競技と学校生活を両立させるために、さまざまな工夫をしている浅野さん。冬季のスキーシーズンは、毎週金曜夜に父が運転する車で練習拠点に近い鹿沢(群馬県)のアパートに移動。しっかり睡眠を取ってから土曜の早朝からの雪上で練習に参加します。お昼もスキー場からアパートに戻り、栄養バランスのいい母の手作りご飯を食べて健康管理。強化指定選手の合宿は、平日に行われることもありますが、学校が大好きだからできるだけ休みたくありません。合宿と大会のわずかな合間でも学校に行くために自宅にとんぼ返りすることも。帯同してくれる両親のサポートもあり、なんと中学では無遅刻無欠席。そんな浅野さんの一番好きな教科は体育だそうです。